少年少女



自嘲気味




>>> AM08:38。授業開始2分前の教室はいつもと同じように騒がしい。僕はこの時間に毎日同じ事を考える。外国のことだ。外国に行ってみたい。

>>> AM08:40。授業開始のチャイムが鳴った。同時に教師が教室に入り、生徒達は自分の席に戻って行く。変な横分けの国語教師。どこが変なのかは具体的には良く分からない。ただなんとなく違和感を感じる。

>>> AM08:41。日直の号令の後、授業は前回の続きから行われた。古文。教科書が無いのでそれ以上のことは分からない。

>>> AM08:58。僕の列の先頭の生徒が当てられ質問されている。2行程現代文に訳せと言われているらしい。彼は何も言えず、ただ机を見つめている。彼も教科書を持っていないのだ。
諦めた国語教師は自ら訳し、講義を続けた。

>>> AM09:09。2つ前の席の生徒が当てられ質問されている。助動詞の意味を問われているらしい。彼は何も言えず、黒板を見つめている。彼も教科書を持っていないのだ。
諦めた国語教師は自らその意味を言い、講義を続けた。

>>> AM09:17。目の前の席の生徒が当てられ質問されている。作品中の代名詞が何を指すのかを問われているらしい。彼は何も言えず、ただ前方を見つめている。彼は教科書は持っているが使用禁止中なのだ。
諦めた国語教師は自ら問いに答え、講義を続けた。

>>> AM09:21。名前を呼ばれたような気がした。ふと顔を上げると、教壇から国語教師がこちらを見ていた。口を動かし何かを話しているようだった。僕は聞き取れず、もう一度質問を繰り返すよう、国語教師に要請した。
この作品の時代背景を説明しろ、と彼は言っていたように聞こえた。僕はその質問に対する答えを持っていなかったので、それには答えなかった。数秒後、もう一度同じ質問が繰り返された。僕は数秒経過した後でもその質問に対する答えを提示することが出来なかったので、黙っていた。数秒後また同じ質問が繰り返された。僕は試しに言葉を発してみる事にした。しかし、何も話す事は出来なかった。下唇と上唇がくっ付いて離れないのだ。
とりあえず親指を突き上げ、国語教師をヒッチハイクする事にした。するとその行動を見た国語教師の表情が急激に変化の様相を呈した。まず怒りの表情、次に悲哀、慕情、驚嘆、最終的には恍惚の表情に変化した。彼はいみじくも勃起していた。僕はそれを鼻で笑い、前の席の生徒を片手で持ち上げた。持ち上げてみて初めて分かった事なのだが、この生徒は軽い。ざっと40kgだろうか。そこで後ろの席の生徒が僕らの間に割って入り、僕の行動を止めようとした。僕はそれに素直に従い、席に着いた。

>>> AM09:32。気が付けば既に授業終了を告げるベルは鳴り終わっていた。いつの間にか国語教師は教卓に戻り、日直に号令を掛けるよう促している。髪型にはやはり違和感を感じる。
夢でもみていたのだろうか。

>>> AM09:33。国語教師が教室を去って行った後、僕は先程の僕の行動について、後ろの席の生徒に質問してみた。彼は別に目立った変化は無かった、と答えた。それは具体的にどういう状況だったのか、と僕は尋ねた。いつも通りノートを取り、いつも通り教師の質問に的確に答えていた、と彼は言った。僕は彼にお礼を言い、彼から離れ自分の席へと戻った。
やはり夢でもみていたのだろう。白昼夢というものだろうか。

>>> AM09:35。自分の席で読みかけの小説を開いた。主人公の苦悩は昨日から何ら変化していない。髪型と体重について、彼はもう思い出せない程昔から悩み続けている。その苦悩の文章だけでページの大半は費やされている。5ページ程主人公の思考に付き合ったところでチャイムが鳴った。

>>> AM09:40。2時間目開始。既に英語教師は教室に来ており、号令が掛かるのを待っていた。号令係は英語教師の意味ありげな視線に気付き、驚いたように号令を掛けた。起立。ぱらぱらと椅子から腰を上げ始める生徒。礼。頭を下げるごく数名の生徒。着席。その声が聞こえた頃には既に全ての生徒は椅子に腰を下ろしている。同刻、英語教師は出席簿に目を落とし、欠席者を確認していた。
僕は教科書を5冊開いた。

>>> AM09:42。英語教師の髪型に気を奪われる。ただの天然パーマのセミロングなのだが、どこかに違和感を感じる。腑抜けた感じがする。親密感を感じる。愛国心を感じる。
僕は思考を停止させ、授業に集中する事にした。教科書に視線を落とした時、何かが視界に飛び込んだ。

>>> AM09:43。ミニスカート。激短のミニスカート。完全に下着が露出している。ことも何気にそれを着用している英語教師。僕は目を疑った。けれど、いくら目を凝らしてみても、それは確かに現実だった。現実に英語教師は、下着が完全に露出している激短のミニスカートを着用し、講義をしている。
僕は23歳独身英語教師に激しいエロスを感じた。

>>> AM09:44。睡眠開始。

>>> AM10:30。睡眠終了。同時に授業終了を告げるチャイムの音。号令の後、僕は教室を去っていく英語教師の後ろ姿を眺めていた。完全に露出している下着。胸が切なく締め付けられているのを感じた。どうやら僕は英語教師に恋してしまったらしい。

>>> AM10:32。教室の後方で怒鳴り声が聞こえた。振り返ると女子生徒3名が互いに胸倉を掴み合っている。
僕は勇気を奮い起こし、彼女等の喧嘩を止めさせる為席から立ち上がり、現場へ近付いて行った。
3名共メガネを掛けていた。それも全く同一のメガネだった。どうやら彼女等の喧嘩の原因はそのことにある様だ。
原因さえ無くなってしまえば彼女等も喧嘩を止めるだろう、僕はそう考え躊躇することなくその3つのメガネを窓の外に投げ捨てた。すると直後それに続けて彼女等も窓の外に飛び降りていった。
あとにはクラスメート達の、僕への冷たい視線だけが残っていた。


君との殺し合い




                   


聖夜のお楽しみ会




>>> 街に出て1人歩いていると赤と白の服を着た人がケーキを売っていました。僕は黒のニットキャップを被って青のパーカーのポケットに両手を突っ込んで歩いていたから彼らから声は掛けられないだろうと思ったのだけど、擦れ違う時にソフトクリームの半額券を手渡されそうになりました。いつもの様に下を向いて誰とも目線が合わないようにしていたから、それを無視する事はとても簡単でした。

>>> 誰か知り合いに会わないかななんて考えて、0.1秒で僕に知り合いなんていない事を思い出しました。空気は少し尖っていたけどそんなに寒くはありませんでした。

>>> クリスマス、という日は小さな頃からずっと家でテレビを観て過ごして来たし元々僕は誕生日や元旦なんかの祝祭日のおめでたさというものがよく分からない方だから、1人でクリスマスの日にパーカーのポケットに両手を突っ込んで下を向いて街を歩いていても、別に殊更悲しくなったりはしませんでした。

>>> 目的地のCD屋に着いて野村佑香の「セキララ」を買って後日開かれるイベントの整理券を貰いました。

>>> 目的を終えたから僕は家に帰ろうともう1度元来た道を戻りました。さっきと同じ場所に同じ服で同じ人達がケーキを売っていました。僕もさっきと同じ様に黒のニットキャップを被って青のパーカーのポケットに両手を突っ込んで下を向いて誰とも目線が合わないようにして彼らの前を通り過ぎました。今度は声を掛けられませんでした。

>>> クリスマスの僕の街はこんな感じなんだと初めて知って、テレビに映るクリスマスの他の人の街とあんまり変わらない事がなんとなく嫌で、嫌な気持ちになって、嫌な気持ちが僕の兄がサンタクロースの格好をして友達、親戚中みんなにプレゼントをして回っていたという嫌な思い出を連れて来て、少ししたら消えて行きました。

>>> 帰りの電車の中僕のリュックには野村佑香のCDと野村佑香のイベントの整理券が入っていて、隣に座っていた女の子の定期券には田原可奈と書いてあってそれは2000年6月20日まで有効で、僕の頭の中では80年代的雰囲気のお店でクリスマスケーキや七面鳥が並んだ大きなテーブルを囲んだ80年代的若者集団、センター分けをハードムースでサイドに流し固めダブルのジャケットに身を包んだ80年代的青年達が、紙で出来たパーティ用の三角帽子を被ったワンレングスボディコン姿の80年代的女性達に向かってクラッカーを鳴らすと同時に笑顔で「メリークリスマス!」、そうした映像が月9的質感で何度も何度もリプレイされていて、僕の心の中はなんとなく夜と夕方の間の空の色みたいに青色がかっていました。


みんなゆめのなか




>>> ひしめき合って。無能の集団。大人の体に子供の頭。汗の匂い。見苦しい。ショートカットが似合わない。名札を付けている。あんなのの名前なんて知りたくない。カッターシャツが肌に硬い。夢をみる。彼らの話し声が遠くで聞こえる。僕には関係無い。夢と現実の境がはっきりしている。蛍光灯が割れない。早く終わらせなければいけないのに。机の上を見る。床の上を見る。椅子の足を見る。大地震が起きればいい。この場所だけに。誰かが何かを話している。僕は爪を噛んでいる。汗がどうしても止まらない。全部僕には関係無い。

>>> 紙飛行機を飛ばす為にマンションの屋上まで上った。僕らの手には何十体ものノートを破って作った紙飛行機。最上階の階段の踊り場から1つずつ飛ばして落下する様子をじっと見つめていた。アスファルトの地面や自転車置き場の屋根の上に落ちた白いそれは、数日後醜く汚れて只の紙屑に成る事を約束されている。まだ飛行機の形をしている未来のゴミは僕にそんな想像をさせた。彼は何を思っていたのだろう。笑ってはいなかった。僕も笑っていなかった。

>>> 胸がざわざわしている。取り返しの付かない間違いをしてしまったみたいな気がする。脇から汗が出て止まらない。汗の雫が横腹を伝って滴り落ちて制服のズボンに染みこんで行く。口の中が熱い。駅のホームの影から年をとった僕がこちらを眺めている。自転車のタイヤがアスファルトに巻き付いて回転し僕を家へと帰らせてくれる。もう学校にも塾にもどこにも彼女の姿は無い。薬局の棚の向こう側から幼い僕がこちらを睨んでいる。

>>> 「何考えてるの?」。長いまつ毛を瞬かせて中田あすみがじっと僕の顔を見つめて聞いた。部屋に散らばったCDやぬいぐるみやファンタオレンジのペットボトルや机の上の数Tの教科書を眺めて、表情を変えないままミルク色のタオルケットを彼女の体に掛けた。脱ぎ捨てられた制服のスカートが目に入らないように彼女の体ごとタオルケットの下に仕舞い込む。

>>> 「別に」。

>>> 僕は今でも同じ自転車に乗り続けている。


レインコートの男の子、ダッフルコートの女の子




>>> ドアを開けて部屋を出ると小雨がぱらついていた。空は端から端まで灰色をしている。雨は夜まで止みそうにない風に思える。傘を差して自転車に跨ると、僕は目的地に向けて走り出した。行かなくてはいけない。

>>> 手袋を嵌めてコートを着ているというものの、流石にこの気温で雨の中自転車に乗るのはきつい。寒風が衣服を貫き直接肌を凍らせる。歯をがちがちと震わせながら口から白い息を噴き出しつつ、それでも足の回転速度は緩めない。

>>> 誰かが僕の顔を見て、僕の名前を呼んだ事が在った。確かに彼或いは彼女の視線は僕に向かっていたし、音声化されていたのは僕の名前だった。しかし彼或いは彼女の見ている僕の目や呼んでいる僕の名前は僕自身の所有するものでは無く、僕という彼、僕の人形のもので在ったので、僕自身が彼らに返事をする事は出来なかった。彼らが視線を送ったのは僕がいつも乗っているロボットの瞳(電球)で在り、呼んだのはロボットの名前(カタカナ)だった。ロボットを作ったのは僕では無かったし、ただ気付いたらコックピットに居てロボット無しでの生活が不可能に成っていただけだった。僕のせいでは無かった。何も僕のせいなんかでは無いはずだった。

>>> 校門前までやって来た。自転車を止め手袋を外しリュックからデジカムを取り出し左手に抱え右手には傘を持ち校庭へと歩を進める。

>>> この場所から校舎を撮影するのは今日で何回目だろう。13-19歳の間はまだ実家に住んでいたから、3月19日のこの日この場所にやって来るのは簡単だった。けれど大学に進学した20歳と21歳の時はわざわざこの儀式の為に実家までバスだの新幹線だのに乗って帰って来るのは億劫だった為、頭の中であの日の事や儀式の事を思い出すだけに留めていた。別に誰とも約束なんてしていなかったし、いつの間にか始まっていて1人に成っても続けていただけの事だったからだ。大事なのは写真や映像を増やす事では無く、記憶を何度も繰り返し再生して色褪せを防ぐ事だった。記憶の為の記録。目的と手段を取り違えてはならない。

>>> 中庭を撮影する。湯飲み場を撮影する。靴箱を、傘立てを撮影する。懐かしいとは思えない。全ての風景を当たり前に自然に見つめている。僕にとっていつまでもリアルだったのはこの場所だけだった。生徒達は1人も姿を見せない。卒業式の夕方近くの時間に学校に残っている生徒なんて居なくて当然なのだろう。カメラを反転させ僕は僕の顔を撮影した。暫く無言でレンズを見つめた後、「んんっ」と低く唸り、デジカムの電源を切った。これで儀式は完了だった。

>>> 誰も憶えていないと思う。自分だけがそれを今までずっと忘れずにいただけだという事ははっきりと分かっている。それでも僕は正門前の大きな木の下を目指し進んだ。約束を果たさなければいけない。

>>> 「10年後この場所にみんなで集まろう」。誰も居なかった。「22歳のこの日に」。誰も憶えてるはずが無い。ただの確認の為の行動だった。でも約束は守った。校舎の時計に目をやる。そろそろ家に帰ろうとリュックにデジカムをしまった直後、僕の前方に1人の女の子が佇んでいるのが見えた。

>>> 紺色のダッフルコート。小学校6年くらいだろうか。傘は差していない。セミロングの髪が雨に濡れている。周りに人影は全く無い。凄く、僕のタイプだ。慌ててリュックからデジカムを取り出し彼女に照準を絞った。可愛い。僕は腕を下ろしREC状態のカメラを左太股横に構えたまま撮影はしていないよというポーズで彼女へと近付いて行った。傘を貸して上げようと思ったのだ。

>>> 彼女の目の前に右手に持った傘を差し出そうとして傘を投げ捨て彼女の尻を触わった。激しく揉み撫で回した。そうするのが当然の成り行きだと思った。と、突如僕の右手と彼女の尻の間が強い光で輝き始め、あっという間に辺りを白い光が覆い尽くした。

>>> すぐに景色のコントラストは元の状態に戻った。背後に何者かの気配を感じる。振り返ると大きな木の下でレインコートを着た男の子がじっとこちらを見ていた。紺色のレインコート。気には成ったがそれよりも大事な目の前の女の子に視線を戻す事にした。女の子は変わらず雨に濡れたまま僕の顔を見つめている。すぐさま撮影しようと左手を上げたがそこには何も掴まれていない事に気付いた。結果女の子に「よお」と至近距離で挨拶のジェスチャーをする格好と成ってしまった。「?」の表情を浮かべている女の子。その頬をそっと右手で撫でる。3月の雨が彼女の頬を冷たく冷たく凍らせていた。指を伝って雨粒が滴り落ちた。白くて生まれたてみたいにすべすべな肌。子役レヴェルだな、という感想を抱いた。子役レヴェルですね、と口に出して彼女に言ってみた。唇をきゅっと結ぶ女の子。てれび戦士に成れる、率直にそう思った。てれび戦士に成って下さい!、右手で握手を求め頭を下げてお願いした。様に見せ掛け右手を下ろさずそのままスライドさせダッフルコートの隙間に手を差し入れ彼女の胸にタッチした。痛みに顔を歪める女の子。性徴期なのだろう。膨らみ掛けの乳房をゆっくりと撫でさすって上げた。と、突如僕の右手と彼女の右胸の間から黒い閃光が走り、瞬く間に辺りを暗闇で満たしてしまった。

>>> またすぐに景色は正常に戻った。僕は木の側にまで戻って来ていて女の子は僕の前方で未だ雨に濡れている。左手にデジカムの感触が戻っているのに気付いた。傘も探したが近くに投げ捨てたはずのそれはどこにも見つからなかった。僕は素早くリュックに常備しているビニール袋を取り出しデジカムを包み、それをしまった。濡れてしまっては大変だ。20万もした。

>>> 顔を上げると目の前に女の子が立っていた。「これ」と僕に何かを差し出した。「レインコート」。くれるの?、と僕が聞くと彼女は頷き、「少し小さいけど」と微笑んだ。どこかで見た事が在る様な笑顔だった。ありがとうでもこれ僕より君が…、僕の言葉を聞かず彼女は「じゃあまたね」と背中を向けて歩き去ろうとした彼女のお尻をひょいと撫で上げた。彼女は一瞬止まったが、すぐに歩みを再開し、そのまま正門を抜けて雨の通学路へと消えて行ってしまった。

>>> 女の子のくれたレインコートを眺める。僕はコートを脱いでそれに腕を通してみた。子供用のものでサイズは小さいが、着られない訳では無かった。雨は強くも弱くも成らず依然一面灰色の空から降る事を止めていない。フードを頭に被った。雨音が耳のすぐ隣で聞こえる。僕は「んんっ」と呟こうとして止めて、代わりに「んっんっ」と少し高めの声で鳴いてみた。特に何も起こらなかった。が気は済んだ。鞄の中、ビニール袋の中のデジカムに雨が染み込まない内に家に帰ろうと思った。


新しい明日、新しい君




>>> 校長の挨拶、来賓の言葉等が終わり、いよいよ卒業生達の合唱が始まる。

>>> 僕は一眼レフを握り締め、お目当ての子にフォーカスを絞った。「今日僕達」「私達は」「この小学校を」「卒業します」。合唱の前に呼び掛けを行うみたいだ。緊張を解す為肩を2、3回上下させる。「みんなで行った」。ショックでカメラを落としそうになった。「秋の遠足」「秋の遠足」。何と言う事だろう。油断していた。彼女にも台詞が割り振られていたのだ。決定的なシャッターチャンスを逃してしまった。畜生。仕方無い。スチールは諦めてDVの静止画をプリントアウトしよう。三脚に固定したデジカムの画面を確認する。きちんと彼女にロックオンされている。もう1台のデジカムは舞台全体を撮影。よし、オーケー。ラスト3台目のデジカムも設置時と何ら変わらず僕の顔面を液晶モニターに出力している。気が散るのでモニターを反転。

>>> ピアノの伴奏が聞こえ始めた。「巣立ちの歌」だ。シャッターを切る。「いざさーらばー」の「ばー」の「あ」の口元を激写。最高に優美でキュート。かっわいい。「さーらーばーせーんせー」の途中の「せー」の「え」の「え」から「ん」に移り変わる瞬間の鼻頭を激写。恋写。無邪気、ピュアネス。まるで赤ちゃんみたいだ。「明日の日ーのたーめー」の「明日」から「たーめー」までをシャッターを完全に解放して右脇腹周辺を撮影。何が写っているか現像が楽しみだ。

>>> 突然視界が真っ暗に成った。ファインダーから目を離し状況を確認。前の席のババアが立ち上がっている。「おい!何してんだババア!」。心の中で大罵倒。「ババアに成ってんじゃねえぞ!」。小学校卒業からゆうに30年は経っていると思われる女性が保護者席を抜け低姿勢で小走りに体育館の外に出て行く。「場違いなんだよ!」。舞台上ばかりか体育館内に1人も関係者の居ない僕は、無言で猛り狂った。保護者席で。一体僕は誰の保護者なんだろう。誰を保護する立場なのか。保護するというより、保護される要因を作り出してしまう根源の立場なのではないか。僕こそ場違いだ。半笑いでシャッターを切り続けながらそんな思考が頭の端を流れて行った。

>>> 「仰げば尊し」もついに過ぎ、合唱も終了。女子生徒の何割かは泣き出してしまっている。萌え。彼女には悪いが、泣き顔ジョシショウガクセエ数名が席へと戻って行く様子を連続撮影する事にした。顔を赤くしてしゃくりあげている卒業式的しっとりとした服装の少女達。萌え。激萌え。校長が卒業証書授与の為に舞台に上っている。萎え。舞台横で教頭が式最後の演目を辛辣な表情で読み上げ始めた。萎え。爆萎え。「卒業証書授与」。静まり返る体育館。大体40人×4クラス÷2=80人の小6卒業生女子+80人の小5在校生女子、計160人の高学年女子小学生が館内に集合している。じょししょうがくせえが館内にひしめき合っている。萌え。超萌え。萌へ。萌へ死に。進行を続ける教頭。

>>> 「6年1組代表、平澤優花」。心臓が一瞬鼓動を止めた後、その運動を爆発させた。「はい!」。席を立ち上がり舞台へと背筋を伸ばし歩いて行く意中のあの子。大急ぎで僕は全てのデジカムのカメラを舞台に向き変えた。はっとして1台は自分に向き直す。危ない危ない。そしてもう1台を三脚ごと右手に、左手には愛用の一眼レフを。左手で彼女を連写、静止画を作成しながら、右手では動画を作成。今のオレ超カッコイイ。息を激しく荒げながら僕は夢中でシャッターを切り、フレームに収め、汗を撒き散らした。

>>> 卒業証書を受け取る最愛の人。深々とお辞儀をしている。その時、後頭部を金属バットで殴られた様な衝撃が突然僕を襲った。

>>> わなわなと震える足、立っている事さえままならない。そう、僕は1人保護者席で、周囲の迷惑を省みる事無く、立って撮影していたのだった。最前列で。朝1番早く来て並んでたから。イベントは整理番号が少なくとも1桁じゃないと参加する気に成らないから。いや、そうじゃない。椅子に腰を落とし気分を落ち着けようとしてみる。頭の奥からゆっくりと静かに切ないメロディーが流れ始めて来た。「愛のバカやろう」だ。

>>> 平澤優花、彼女が去年の6月2日土曜日に「ピュアピュア・ライブショップAct.1」で歌った、「愛のバカやろう」だ。体の震えが止まった。何て素晴らしい歌声なんだろう。高音が出ていない。息継ぎが上手く出来ていない。全くのカラオケレベル。100%普通小6女子の声だ。最大純度の小6女の子の声だ。衝撃の意味を僕ははっきりと理解した。

>>> 3つの三脚とデジカムを素早くボストンバッグに詰め込み、席を後にしようとする。と着席する瞬間の彼女と目が合った。パシャッ。すかさずシャッターを切る。さよならの挨拶だ。でも、もう君を撮影するのもこれで最後だろう。自宅の前まで行って玄関を覗いたりも、もうしないよ。式の途中で体育館を出て行こうとする僕を保護者達が不審気にちらちらと見ている。どうでもいい。ババアに興味は無い。胸に何かがぶつかった。さっきの前の席のババアだ。

>>> 「すいません」。小声で謝り保護者席へとまた小走りに帰って行くババア。「すいませんじゃねえよババア!」。怒りが急激に沸点に達した。「てめえフザけんなよババア謝って済むと思ってんなよ!」。体が、口が勝手に動き出す。暴走が止められない。「場違いなんだよババア!小学生じゃねえじゃねえかよ!もう小学生じゃねえじゃねえかよ平澤優花!卒業証書受け取ったら小学生じゃ無くなるじゃねえか!実際には4月1日まで小学生扱いかもしれねえけど、でも証書受け取ったらもう価値無くなるじゃねえか!小学生じゃねえじゃん!中学生じゃん!ババアじゃん!じょししょうがくせえじゃねえじゃん!萌えられねえよ!守備範囲外だよ!萌えねえ!萎えっ!萎え萎えっ!畜生!チクショウ!クソックソッ!しょうがくせえ…!じょししょうがくせえ…!」。ババアは何も聞こえなかったかの様に元の席で僕に背を向け平然としている。けど全部聞こえていたはずだ。あれだけ大きな声で心の中で叫べば、激しく口パクすれば、さすがに耳に届くだろう。

>>> 僕はボストンバックを背中に回しカッコイイ担ぎ方で体育館前の受け付けを通り過ぎた。若い女の先生が虫が通ったくらいの目でこっちを一瞥したので鬱に成った。

>>> 部屋に戻り「おはスタ」がちゃんと録れているか確認した後テープを入れ替え「天てれ」の予約録画を設定した。デジカム3台をバッグから取り出し順に並べ再生ボタンを押し録画チェックを始める。全てのカメラはきちんと正常に作動していた様だ。早送りで一応最後まで確かめてみる。急に画面が真っ暗に成った。ババアが立ち上がった時だ。「あのババア…!」。また怒りが込み上げて来た。「老いてんじゃねえよ!」。

>>> 左のカメラから何か聞こえた様な気がした。自分の顔面を写していたカメラだ。右2台のカメラの液晶モニターを見るに、どうやらババアが通り過ぎる瞬間に何か録音されたみたいだった。右2台のカメラの停止ボタンを押し、左のを巻き戻し、スピーカーに耳を近付けた。何か言っている。ババアの声だ。何を言っているんだろう聞き取れない。音量を最大にまで上げてみた。

>>> 「トイレ…」。

>>> 時間差でババアが席を立った理由を告げられた。

>>> 更に鬱に成った僕はその日のイベントを全てキャンセルして布団に潜り込んだ。夜中まで眠ろう。大学は4月から。


あの日の風に吹かれて




>>> 下校時の事で在る。私はかれこれ5年は跨り続けているシルヴァー、マウンテンバイクの上で速度を感じ、7月の風の中にいた。坂道を下る。生暖かい空気が重さを失くし、ただの透明な圧力の塊となる。粘膜で覆われたそれら球形の気体の間を分け進み加速に身を預けようとした丁度その時、私の視界にそれが入り込んだ。ある、ひとりの女の子の姿。前方10mの場所。彼女は塀の上で下方を見つめ、そこから飛び降りようと思案している様だった。前方9m。心配する事は無い。塀は彼女の背丈程の高さしか無い。前方8m、7m。飛び降りる際に生じる衝撃を少しでも軽くしようと、女の子は塀の上に腰を下ろした。足元には数名の友人達。6m。既視感を覚える光景だ。いや、既視感などではなくきっと実際に起こった事なんだろう。少年時代の私。放課後の校庭と秘密基地。そこで吹く、埃っぽくてけれど優しい風。現在と過去二つの風が同時に私の体を吹き抜ける。女の子が飛び降りた。5m   

>>> 刹那、心臓の圧迫。見開いた両眼からの視点は一瞬のそれに釘付けとなった。

>>> 3m、2m、1m。

>>> ゼロ。

>>> −1m、−2m、−3m……。

>>> 彼女とすれ違い通り過ぎた後でも私の意識はそこに留まりまるで鉄で固めたかの様に動かなかった。慟哭。浮遊感。私の存在は日常を離れ非日常へと埋没して行く。頭を振り払いわざと別の事を考えようとした。自転車の運転に意識を集中させる。呼吸を整え辺りの事物をひとつひとつ確認し自己の所在を明確にしようと努める。首筋にはじっとりと脂汗が浮かび上がっている。

鼓動が落ち着きを取り戻してきた頃、私はもう一度、ゆっくりとそれを思い返した。

>>> 純白の下履き。ふわりと浮かび上がったスカートの下でそれは初夏の夕射しを柔らかく反射していた。胸に満たされる様々な感情。それら全ては一つの確定した事実へと向かってのものだ。大きくは不安、そして安堵。不安は未来へ、安堵は過去へ対してだ。

>>> 第一線を超えずに無事幸福な未来を手に入れられるのだろうか、という不安。

>>> 過去における不可解な行動の全てを説明付ける事が出来た、という安堵。

>>> この二つが自己否定と自己肯定、両極端の性質を持ち、私の中に同居していた。しかしどういう訳か不思議と精神全体としては安定している様に感じられたのだ。明瞭といえるほど。はっきりと、丸く。

>>> もしかしたら私はこの時が来るのをずっと待ち続けていたのかもしれない。不安定な自己、出口を感じる事の出来なかった思春期、そんな拭い去りたい自分の一部に一気に区切りを付けるような出来事を。

>>> 今私の身体は疑問一つ分だけ軽くなり、そのぶん宙へと近付いた。しかし日常には何の変化もなく、相変わらず行き止まり直前の様な暗闇が常に目の前に佇んでいる様な気がする。映画で言えば本編終了後のエンドクレジットを延々と眺めているみたいな感覚だ。

>>> 身体が浮かび上がり再びシルヴァーと共に坂道を急速に下る日は来るのだろうか。またあの埃っぽくて優しい風に吹かれる事が在るのだろうか。

>>> そんな思いに囚われた時、私はいつもあの日の出来事を思い出すようにしている。

>>> 塀から飛び降りた女の子の事を。

>>> あの純白の下履きを。

>>> 地面に置かれたランリュックを。

>>> 少女愛好者である事を確信した、あの日の事を。


ヘッドフォン




>>> 僕と女の子、僕とアイドル、僕とてれび戦士、僕と子役、僕と子役ファン、子役ファンと少女、そんな様な事を考えてたらいろんな文章が出来ちゃったから、誰でもどこでも読めるこの場所に置いておくよ。ほら、どんなものでもそれを必要としている人は居るって言うし、現に僕がそうだし、もし気分が悪くなっても交通事故にでも遭ったと思ってさ、仮に少しでも嬉しい気持ちに成ってくれたら僕、いっぱいのうきうきした気持ちで君に飛んで会いに行っちゃうかもしれないよ?そしたら一緒に砂糖のたくさん入った甘くておいしい紅茶を飲もうよ。ねえ。昔の天てれのビデオ観せてよ。

>>> 自嘲気味

>>> みんなゆめのなか

>>> レインコートの男の子、ダッフルコートの女の子

>>> 新しい明日、新しい君

>>> 聖夜のお楽しみ会

>>> 君との殺し合い

>>> あの日の風に吹かれて


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